どれだけ気にするなと言われても休職の罪悪感はヤバい - 加賀百万石ですが何か?

どれだけ気にするなと言われても休職の罪悪感はヤバい

金沢中心街にある尾山神社です。奥上部に見えるステンドグラスが特徴的な神社です。

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何があったか

ここ最近,情緒が不安定であったり,仕事のことを考えるだけで動悸・息切れが起きたりと明らかに異常な状態が続いていました。

そのため,心療内科にいったところ適応障害の診断を受けました。

まだうつ病まではいっていないが,このまま業務を継続するとうつ病になるだろうとのことです。

そのため,休みが必要との診断書を受け取り,会社と話し合ったところしばらく休職することになりました。

自分の健康であったり人生を犠牲にしてまで業務を継続するのはさすがに馬鹿らしいと思うので,休職することにしたこと自体は別に間違っていないと思います。

ただ,いざ実際に自分が休職する側の立場になってみると,後任の方への罪悪感が半端ないです。

しかも,今までまったく関係のなかった社員が後任なのであればそこまで気にしなかったかもしれませんが,よく知っている人が後任だと本当に申し訳ないという気持ちしかありません。

ただでさえスケジュールが厳しい案件なので,その途中で担当が交代になると炎上するのは火を見るよりも明らかです…。

場合によっては,後任の方まで休職に追い込まれてしまうくらい病んでしまうんじゃないかと心配しています…。

今の正直な気持ちとしては,休職中に症状が回復して問題なく復職できる状態になったとしても,気まずすぎて会社に戻りたくないというのが正直なところです。

「そんなことはわざわざ社員が気にすることじゃない」というのも分かります。

というよりも,僕が実際に休職する立場になるまでは「会社の問題なんだから社員が気にすることなんかないだろ~」という立場側の人間でした。

しかし,いざ実際に体験してみると休職することの罪悪感は本当にヤバいです。

会社への迷惑とかは気にしなくていいと上司に言われても,やっぱり無理なものは無理です。

どうしても気にしてしまいます。

ということで,休職という立場になって分かったことのひとつとして,「まずは休職したことによる罪悪感と闘わなければならない」ということがあることが分かりました。

これは自分がその立場に実際になってみないと分からない罪悪感だと思います。

こんなことを書くと余計に休職しづらくなるという人もいるかもしれません。

ただ,まずは自分の健康を守ることが大切ですので,限界だと思ったときや,このままだと壊れると思ったときは遠慮せずに休職してしまった方がいいと思います。

休職することを決めた後に,ゆっくりとこの罪悪感と向き合っていきつつ,今後どうしていきたいのかを冷静になって再度考えてみるといいと思います。

もともと僕はIT業界には不向きなんだろうなという意識はありましたし,今回の罪悪感も相まって,たぶん休職中か休職明け,もしくはいったん復職して早いうちに退職することになるんだろうなと今の段階では思っています。

さらには,前回の記事にも書きましたが,僕は明らかにアダルトチルドレンなんだろうなと思っています。

今までも,ADHDの気はあるなとか,普通の人が普通にできることが僕にはできないのだろうなという自覚はありましたが,あくまでも「そういう傾向があるだけで,まぁ異常とまでは言えないだろう」という程度にしか思っていませんでした。

しかし,今回適応障害になったことで色々調べてみて,自分がアダルトチルドレンなんだなということに関しては,一切の違和感なくある意味まっすぐに納得できました。

アダルトチルドレンはある意味では社会不適合者と言えると思っています。特にチームで仕事をする必要があって,個人で仕事を抱え込んでしまうと大変なことになるような場面では,アダルトチルドレンの人は非常に仕事がし辛いだろうなと思います。

そのため,復職するか転職するかといったよくある問題だけではなく,サラリーマンとしてそもそも生きていけるのか,それができないならどうやって生きていくのか,といった根本的なことから今後考えていかないといけないと思っています。

いやー,正直辛いです。

休職期間中に全部の答えが出るとは到底思っていませんが,安易に休んでばかりいるのではなくて,今後の人生のことを真剣に考えないといけない休職になりそうです。

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