人生のリセットボタンが欲しいと思っているとき、本当に知りたいのは押す勇気の話ではないと思うんですよね。押したら実際どうなるのか、生活はどうなるのか、その後で後悔しないのか。知りたいのはそこじゃないでしょうか。
私は7年前に、それに近いことをしました。適応障害で休職して、一度復職して、次を決めないまま退職して、4か月の無職期間を経てまったく違う会社に移っています。押す側の気持ちについては人生のリセットボタンを押す勇気とその先にあるものに書いたので、今回は結果の方を書きます。何が消えて、何が消えなかったのかという話です。
目次
1. 私が押したボタンは何だったのか
順番としては、休職、復職、退職、無職が4か月、そしてAIベンチャーへの転職です。経過そのものは休職後に復職・退職・転職を経験して考えたことにまとめてあるので、ここでは細かく書きません。
正直に書くと、私の場合は熟慮の末にボタンを押したわけではありませんでした。「もう辞めてやる」という反抗的な気持ちの方が強かったです。会社に残ったまま異動を相談するとか、働き方を変えられないか掛け合うとか、そういう手前の選択肢は考えていませんでした。全部まとめて捨てる方に行ったわけです。
2. 消えたもの
まず、毎朝あの職場へ行かなくてよくなりました。当時の上司との関係も、そこで抱えていた仕事も、辞めた時点で自分の生活から出ていきます。ここは想像どおりで、環境そのものは押せば本当に消えます。
もう一つ、辞める直前に持っていた「IT業界にはもう関わりたくない」という気持ちも消えました。休職中はかなり本気でそう思っていたのですが、実際に離れて少し落ち着くと、ITそのものが嫌なのか、あの職場や仕事の進め方が嫌だったのかを分けて考えられるようになりました。結果として、私はまた人工知能や機械学習の分野に戻っています。あのとき業界ごと切り捨てなくて良かったと思っています。
3. 消えなかったもの
一方で、押しても消えなかったものの方が、実際には生活にこたえました。
一番はお金です。収入がない期間は、口座の残高が露骨に減っていきます。何か大きな買い物をしなくても、毎月確実に減る。あの数字を見ているときの怖さは、辞める前に頭の中で想像していた不安とは別物でした。リセットボタンは家賃も生活費も消してはくれません。
次に、社会との関わりがなくなる感覚です。働いていない間は、仕事を通じた人との接点が一切なくなります。自由なはずなのに不毛というか、虚無感の方が強かったです。2か月ほどで就職活動を再開したのは、条件が整ったからというより、この感覚に耐えられなくなった部分が大きかったんじゃないかと、今振り返ると思います。
ちなみに家族との関係は、特に何ということもありませんでした。責められたり揉めたりはしていません。ここは人によって大きく違うところだと思うので、私の場合はたまたま問題にならなかった、という程度に受け取ってください。
4. 環境は入れ替わったが、自分は残った
7年経って一番はっきりしているのは、環境を変えても結局自分は変わらなかった、ということです。
職場も、仕事の内容も、付き合う人も入れ替わりました。それでも、自分の考え方や性格まで入れ替わったわけではありません。リセットという言葉から想像するような、まっさらな状態から別人として始まる感じは、少なくとも私にはありませんでした。
同じことは休職のときにも起きています。休職は仕事から離れる期間なので、一時的なリセットのように見えます。ただ私の場合、休んだ後に戻った先が同じ職場、同じ上司だったので、結果としてリセットにはなりませんでした。また働けなくなって、最終的に退職しています。休職中の反応が思ったより長く残っていたことは、適応障害の後遺症は意外と根深いかもしれないにも書きました。
つまり、消えるのは環境の方だけです。押した後に何が残るかは、押す前から自分が持っていたもので決まります。
5. それでも押して良かったと思っている
ここまで消えなかったものを並べましたが、私自身は押して良かったと思っています。
移った先のベンチャーは、決まっていないことが多くて苦労しました。それでも、自分の意思で物事を進められる範囲が前の会社よりずっと広かったです。大きな組織で歯車として動き続けるより、私にはこちらの方が合っていました。あそこで一度切らなければ、たぶん何も変わらないままだったと思います。
だから、リセットボタンを人生を白紙に戻す装置だと思って押すと、期待とはだいぶ違う結果になります。あれは環境を入れ替えるボタンです。お金の現実も、自分の性格も、押した後にそのまま残ります。それを分かった上で、それでも環境を変えたいなら、押す価値はあると思います。
辞めると決めた当時に何を考えていたかは、人生をリセットしたいと思ったときに書いています。