面接で毎回「機械学習って何ですか」と聞いている

面接をする側に回ったのは、今の会社に入って1週間後だった。何を聞けばいいのかも分からないまま座らされて、そこから何年も中途採用の面接を続けている。

自分が受ける側だったときのことは休職のことを聞いてきた会社は落ちて、聞かなかった会社に入ったに書いた。休職の経歴と4か月の空白を抱えて選考を受けて、そこを聞いてきた会社には落ちている。その私が、今は空白期間を聞く側にいる。

見る側になって何を見ているのかを書いてみる。ただしこれは私一人の基準であって、採用の正解ではない。

目次

  1. 入社1週間で、面接官になった
  2. 空白期間は気にする。ただし理由を聞けば済む
  3. 毎回「機械学習って何ですか」と聞いている
  4. 経験が浅くても採り、自信のある人を落としてきた
  5. 違和感と直感を、けっこう当てにしている
  6. 大学は当てにしなくなった
  7. 落とす理由を、こちらも説明できない

1. 入社1週間で、面接官になった

大手にいた頃は、採用に決定権を持って関わることはなかった。それが転職して1週間で、初めての面接に立たされた。会社のことはむしろこちらが教えてほしい状態で、何を聞くべきかも分かっていない。そのあたりの経緯はベンチャー企業と大手企業のギャップに書いた。入社3か月の頃に、感じたギャップをそのまま並べた記事である。

それから年数が経って、面接の数もかなり重ねた。見ているところは、当時から変わっていないものもあれば、変わったものもある。

2. 空白期間は気にする。ただし理由を聞けば済む

職務経歴に空白があれば、気にする。ここは正直に書いておく。

ただし気にするというのは、そこで落とすという意味ではない。何をしていた期間なのか、なぜ空いたのか。理由をちゃんと答えられるなら、そこまで気にしない。空白そのものより、それを自分の言葉で説明できるかどうかを見ている。

自分が受けたときのことを思い出すと、少し複雑ではある。私は4か月の空白を空白のまま出して、休職についても聞かれたから答えて、その会社には落ちた。今の自分の基準に照らせば、あのときの私は落とす相手ではない。ただ、落とした会社には落とした会社の見方があったのだろうと思う。

3. 毎回「機械学習って何ですか」と聞いている

面接で必ず聞く質問が一つある。「機械学習って何ですか」である。

自分が仕事の中心に置いているものを、その人がどう捉えているのかを知りたいからだ。知識を確かめたいわけではない。定義なら調べれば出てくるし、正確に言えたところで、その人のことは何も分からない。

面白かったのは、むしろ情緒的な答えを返してきた人だった。技術の説明として厳密ではなくても、その人がその技術に対して何を思っているのかが出てくる。ああ、この人はこれをそういうものとして見ているのか、と分かる答えである。ああいうものは印象に残る。

逆に困るのは、判別器だとか、ただの分類器だとか、その一言で終わる答えだ。間違ってはいない。間違ってはいないのだが、それだけだと、どこかで読んだ説明をそのまま返しているのか、自分で考えた末にその表現に落ち着いたのかが区別できない。

一番よくないのは、そもそも考えた形跡のない答えである。この質問に正解はないので、考えていないことがそのまま出る。一つの問いにどれだけ食い下がれるかという話は思考する体力 〜優秀なITエンジニアに必須の“考え抜く力”〜に書いたが、面接の数十分でもその片鱗くらいは見える。

4. 経験が浅くても採り、自信のある人を落としてきた

採用の判断は、経験年数の順にはならない。

経験が浅くても採った人はいる。決め手は、愚直に努力していけそうかどうかだった。今できることが少なくても、そこから積み上げる人なら、半年後には違うところにいる。逆にそこが見えないと、経験があっても伸びしろの話ができない。

落としたのは、自信が先に立っている人である。話を聞いていると、この界隈では特別でもないことを、いかにも自分はできますという調子で話す。こちらにはその水準がどのあたりなのか分かってしまうので、内容そのものより、評価と実態の差の方が気になってしまう。

差があること自体より、その差に本人が気づいていないことが引っかかる。気づいていない人は、入ってからも気づかない。

5. 違和感と直感を、けっこう当てにしている

落とす側の理由を並べると、日本語が通じない、自主性がなさそう、何となく違和感がある、の三つに落ち着く。

日本語が通じないというのは、外国語の話ではない。日本語を普通に使いこなしている日本人が相手でも、論理が通じないことがある。一文ずつは成立しているのに、話が繋がらない。質問と答えが噛み合わない。これは数往復すれば分かる。

自主性の方は、降格していくのは、いつも『自分で決められない人』だったに書いた通りで、判断を人に預ける癖のある人はどこかで止まる。面接の受け答えの中にも、それらしい気配は出る。

そして最後の一つ、何となく違和感がある、というやつだ。言語化できないので、理由としては弱い。それでも私はこれをけっこう当てにしている。違和感を覚えながら通したことが実際にあって、人手が足りず技術的には最低限できているようだったので採用したのだが、入ってからは会話が成立しなかった。その一件があるので、違和感の方は無視しないようにしている。

6. 大学は当てにしなくなった

学歴の見方は、以前書いた頃から変わった。

今も出身高校は見ている。地頭の良さが如実に出ると思っているからだ。何をどれだけ勉強したかというより、その時点で物事をどれくらい掴めていたかが、そこそこ表れている気がしている。

一方で、大学は当てにしなくなった。ある程度は見るが、以前ほど信用していない。東大を出ていてもコミュニケーションが成立せず、未経験の分野なのに努力もしない、という人を実際に見たからである。それ以来、大学名で安心するのをやめた。

これが正しい採用基準だと言うつもりはない。学校で人を並べたいわけでもない。ただ、自分が実際に何を見ているのかを書くのであれば、ここを省くのは嘘になる。同じ材料を見て違う判断をする面接官は、いくらでもいると思う。

7. 落とす理由を、こちらも説明できない

ここまで書いてきて思うのは、落とす理由の多くは相手に伝えられない、ということである。

論理が通じなかった。自主性がなさそうだった。何となく違和感があった。どれも面と向かって言える種類のものではないし、言ったところで納得もされない。結果として、落ちた側には理由が分からないまま通知だけが届く。

私が受ける側で落ちたときも、理由は分からなかった。休職の話が効いたのか、勤務地の条件が合わなかったのか、面接での受け答えに何かあったのか。今も分からない。分からないまま次を受けるしかなかった。

見る側になって分かったのは、あれは本当に伝えられないものなのだ、ということだけである。落とした側が隠しているというより、言葉にできないものが判断に混ざっている。だから、落ちたことを自分の欠陥の証拠として受け取る必要はないと思う。少なくとも私は、そこまで確かなものを見て判断できていない。

30代で環境を変えることそのものについては30代からの初めてのキャリアチェンジに書いた。あのとき私を採ってくれた会社も、たぶんこれくらい曖昧な判断で採っている。