私は20代後半から30代前半にかけて、「生きる意味なんてないんじゃないか」とかなり真剣に悩んでいました。朝起きて会社へ行き、帰って寝る。同じような毎日をこの先も続けるのかと考えると、それだけでしんどくなる時期がありました。
この記事は、適応障害と診断されて休職していた頃に私が考えていたことです。同じような状態でも必要な対応は人によって違うので、診断や治療、休職については医療機関などへ相談してください。仕事の悩みや心の不調に関する相談先は、厚生労働省の「こころの耳」でも案内されています。
目次
1. 休職する前に考えていたこと
当時は、仕事のことを考えるだけで動悸や息切れが起きるようになっていました。会社から帰る途中で急に涙が出たり、家に着いても立ってシャワーを浴びられなかったりしました。
そんな状態でも、頭の中では「自分は何のためにこんなことをしているんだろう」「このまま何十年も同じ生活を続けるのだろうか」と考えていました。仕事がつらいという話と、生きる意味が分からないという話が、自分の中で一緒になっていたんだと思います。
その後、上司に今の状態を話す機会があり、産業医との面談と心療内科の受診を経て休職することになりました。休職に入るまでのことは、自分が壊れるくらいなら仕事から逃げように書いています。
2. 休職しても気持ちはすぐに変わらなかった
仕事から離れれば、すぐに楽になると思っていました。実際、仕事のことを考えていない間は普通に生活できました。ただ、仕事を引き継いだ同僚へ申し訳ないという気持ちはなかなか消えませんでした。
少し元気になると、「普通に生活できるのに会社だけ休んでいていいのか」とも考えました。後任がよく知っている人だったこともあり、その人まで同じようにしんどくなるのではないかと心配していました。この頃の罪悪感については、どれだけ気にするなと言われても休職の罪悪感はなくならないに残しています。
休んでいる間も、「会社に戻れるのか」「このまま会社員を続けるのか」「そもそもITの仕事を続けたいのか」と色々考えました。ただ、上司から復職に関するメールが届いただけで動悸が起きる状態だったので、この時点で先のことを冷静に決めるのは難しかったと思います。
3. 今振り返って思うこと
生きる意味について考えること自体が悪かったとは思いません。ただ、当時の私は、その答えを出すことより先に仕事から離れて休む必要がありました。
休職した後は一度復職し、結局は転職先を決めずに退職しました。それから別の会社で働くようになり、生きる意味についての考え方も少しずつ変わっていきました。
今の私も、生きる意味について最終的な答えを持っているわけではありません。ただ、休職中の自分に何か言うなら、「今ここで答えまで出さなくていい」と言うと思います。
20代の頃から仕事や転職を経て考え方がどう変わったかは、生きる意味に悩む人に伝えたいことに書いています。