里山資本主義で振り返る人生観

最近とある本を読んでいて、急に東日本大震災で被災したときのことを思い出しました。そして、その経験が今の自分を知らないうちに作っていたのかもしれないと感じたので記事を書いてみました。

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その日、すべてが変わった

その本、「里山資本主義」に書かれていた一節。

「食料も資源も自給できない国の繁栄など、しょせんは砂上の楼閣ではないか」

最近、自分の中で漠然と感じている不安を表しているように思える。

東日本大震災の時、私は仙台にいた。

ただただ、昨日までと同じ日常が存在し、ボーっと今日も同じような日を過ごすと思っていた。

しかし、3月11日14時46分、すべてが変わった。

私は、海岸からは離れている仙台駅付近にいたため、津波による被害は免れた。

ただ、それでも食料・飲料水などはなかなか手に入らず、電気・ガス・水道・通信といった生活インフラもすべて使えなくなった。

地震発生後、県外出身の学生は地元に戻るように、大学から指示が出た。

口減らし、つまり必要な物資がどうしても必要な人のところに行きわたるように、仙台を離れられる学生は離れなさいということだ。

私は石川に帰ることにした。

しかし、帰省することはそんなに簡単なことではなかった。

新幹線・在来線はすべてストップ。

(車は持っていなかったが)ガソリンもない。

仙台ー山形間の高速バスが動いていたが、それもガソリンが尽きるまでとの情報があったため、自分が乗れる保証もない。

さらに、山形まで行けたところでどうするか。

山形でも、米沢付近で電車が不通になっているという情報が入っていた。

ホテルもない。

仮に営業していても空いているところなんてあるはずもない。

もし山形から移動できず、泊まるところも確保できなかったらどうなるか。

冬の東北地方で野宿?

いやいや、冗談抜きで凍死するかもしれない。

そのときに私は強烈に感じた。

「文明の利器が無ければ、仙台から出ることさえできないのか」

そして、

「現代人というのはこれ程までに生きる力が無い存在なのか」

自分ってなんだ?


という感じで、ちょっといつもとは違うスタンスで当時のことを書いてみました。

これは、実際に大学生のときに仙台で被災して感じたことを、今になって改めて振り返ってみたものです。ちなみに、本当に移動手段はなかったし、こんなにも自分というのは弱い存在だったんだなと感じたのも事実です。

おそらくこういう背景もあって、ロードバイクにハマることになったんだろうなと思います。いきなり何でロードバイクの話になるんだと思うかもしれませんが。

ロードバイクでは数10km程度走るのはあっという間ですし、ひとりツール・ド・能登をやったときのように数100kmでも自力で移動できてしまいます。そういう「いざとなれば自分の力で何とかなる」という一面を実感させてくれたところが、私がロードバイクが好きな理由のひとつです。ロードバイクももちろん文明の利器なので、結局文明に頼ってんじゃんというツッコミはあるかと思いますが。でも、自分の力で数100kmも移動できるというのは、ある種の生物としての自信を与えてくれるものなんだろうなと思います。

そして、今の会社を辞めてIT以外の別のことをしたいと思っていることも、結局東日本大震災が原因のひとつなんだろうなと思います。9月頃から書き始めた(というかそれしか書いていませんが)、農作物を作り始めたという記事たちとも関連しますね。

※追記
農作物の記事は現在はブログの移管に伴い非公開となっています。

ただ単純に、自分で作物を育てて、上手く育てばそれを食べて、というのが面白そうだなと思ったのも農業に興味を持った理由のひとつです。しかし、それ以上に原動力になっていることは「今の自分では、自力で食べていくことができない」という不安があったということです。

東日本大震災で感じたことは、移動手段の外にもうひとつありました。それは「まさかこの時代の日本に住んでいて、自分が餓死する可能性があるかもしれない」ということを始めて実感したということです。

詳細を書くと長くなるので省略しますが、もし石川に戻れていなかったら、本当に食料に困っていたんじゃないかと思っているくらい当時は大変な状態でした。それ程、あの地震というのは人の価値観だったり、人生観だったりといったものを変え得るものでした。

この経験から、自分は何かあったときには自分の力では生きていけない存在なんだということが、肌感覚として認識できました。こうした経験が意識的にか無意識的には分かりませんがあるんだろうと思いますし、この経験がきっかけで農業や漁業・畜産などの1次産業に興味を持つようになったんだろうなと思います。

別にみんながみんなそんな生き方をしたり考え方をすべきだとは特に思っていません。資本主義の世の中なんですから、頑張ってお金を稼いで、そのお金で食料でも何でも手に入れてやるんだという人がいても全然問題ないと思います。むしろ、やっぱりまだそういった考えが主流なんだろうなとも思っています。

ただ、ひとつの会社にすがっていればいいという時代ではすでに無くなってきているんだろうとも思いますし、その流れは今後どんどん加速していくんだろうと思います。いかにして自分の力で生きていくか、ということが求められる時代が来るんだろうと思います。

そろそろ、自分なりの「自分で生きていく力」というものを真剣に考えてみる時代がやってきたんだろうなと、私はそう思います。

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