以前の私は、生きる意味が分からないことをかなり真剣に悩んでいました。何のために仕事をして、同じような毎日を何十年も続けるのか。その答えがなければ、このまま生きていても仕方がないように思っていた時期もあります。
ただ、今は生きる意味がはっきり決まっていなくても、別にいいのではないかと思っています。意味を探している間にも、腹は減るし、仕事や家事はあるし、何だかんだ一日は終わります。今回は、それでいいと思うようになった理由を書いてみます。
目次
1. 生きる意味を決めようとしていた頃
20代の頃は、仕事で成果を出すことや、何か大きな目的を持つことが生きる意味になるのではないかと考えていました。でも、仕事がうまくいかなくなると、その意味まで一緒になくなったように感じました。
その後、仕事を休み、転職先を決めずに会社を辞めました。一次産業や自転車に関わる仕事など、それまでとはまったく違うことも考えました。結局は、また人工知能や機械学習に関わる会社へ転職しています。
当時はその時々でかなり悩んでいましたが、今振り返ると、生きる意味を先に決めてから動いたわけではありません。よく分からないまま選んだことが、後になって自分の考え方を変えていました。
2. 意味は後から変わってもいい
以前は、生きる意味は自分で決めるものだと思っていました。その考え自体は今もそれほど変わっていません。ただ、一度決めた意味をずっと持ち続ける必要はないと思うようになりました。
仕事を生きる意味にしていた人が、転職した後もまったく同じ意味を持ち続けられるとは限りません。好きだったことに飽きることもありますし、以前は何とも思わなかったことが急に大事になることもあります。
そう考えると、今すぐ一生分の意味を決めようとしなくてもいいはずです。後から「あの経験にはこういう意味があった」と思うこともあれば、特に意味を見いだせないまま終わることもあります。それでも、経験したことまでなくなるわけではありません。
3. 分からないままでも毎日は回る
生きる意味が分からない日は、分からないままでいいと思います。何か答えを出さなくても、食事をして、眠って、次の日になればまた生活は続きます。
これは、「生きているだけで素晴らしい」と言いたいわけでも、悩む必要はないと言いたいわけでもありません。私自身、そんな言葉だけで納得できるなら、あれほど長く悩んでいなかったと思います。
ただ、答えが出ないことまで問題にして自分を追い込む必要はなかったなとは思います。意味が決まっていない時間も含めて自分の生活です。何かをやってみたいと思ったときにやってみて、後から意味がつけばそれで十分なんじゃないでしょうか。
私が生きる意味について悩み始めた頃から、仕事や転職を経て考え方が変わるまでのことは、生きる意味に悩む人に伝えたいことに詳しく書いています。