「合理的な理不尽は許される」――そんな言葉を耳にしたことはありませんか?一見もっともらしく聞こえるけれど、私はどうしてもこの考え方に違和感を覚えます。感情的な理不尽は馬鹿げているからダメ、でも合理性が伴っていれば理不尽も正当化される?いやいや、それはただの都合のいいごまかしに過ぎません。
仕事でも学校でも、立場のある人間が「合理性」を盾に理不尽を押し付けてくることがあります。けれどもそのとき追い込まれるのは、常に受ける側の人間です。そして「合理的だから仕方ない」と自分を責め、心をすり減らしていく人も少なくありません。
本記事では、私が感じてきた「合理的な理不尽」というご都合理論への違和感と、理不尽に出会ったときにどう対処すべきかを率直に書いてみたいと思います。
目次
1. 自分勝手なご都合理論
たまによく聞く「合理的な理不尽」。「感情的な理不尽はダメだけど、合理的な理不尽はいいよね」とたまに言う人がいますが。
どうなんでしょうね。人によって解釈は異なるんでしょうが、私はこの考え方は嫌いです。理不尽は理不尽でしょ。合理的であろうがなかろうが。
さらに、会社の上司だったり、先生だったり、立場が上の人が合理的な理不尽を許す人だとどうなるか。ぶっちゃけ下の人間は精神的に追い込まれるんですよね。むしろ感情的な理不尽の方がありがたいんですよ。最悪、「あー、何かヒステリー起こして馬鹿なこと言ってんなー」で済むので。心を無にしてれば結構やり過ごせるものだと思うんですよ。
でもね。合理的だとね。逃げ場がなくなるんですよ。正論振りかざして相手をぶん殴っているだけなんですよ。正論なんだからいいだろっていう人もいますが、正論だけじゃ世の中動かないっていうのはみんな言っていることだし、そもそも人間なんて合理性で出来ている訳じゃないし。むしろ人間なんて感情で出来ている割合の方が大きいでしょ。
万人に共通する合理性なんて無いんですよ。その人にとって合理的なだけであって、別の人にとっては非合理的な場合もあるんですよ。合理性を盾に言いたいこと言っている人は、そこが分かっていないんですよ。でも、追い込まれている方からしたら、「合理的だから仕方ない」とかって受け入れちゃんうんですよ。自分が悪いんだって。
でもね。合理的であろうがなかろうが、理不尽は理不尽なんですよ。そこをはき違えていたらメンタルを病んでしまうだけですよ。もう一度言っておきますけど。合理的であろうがなかろうが、「理不尽は理不尽」なんですよ。
2. 理不尽からは逃げるが勝ち
さて、理不尽なことを言っている人がいたらどうするか。
さっさと逃げればいいんですよ。距離を置いてしまいましょう。刃物をもって近寄ってくる人がいたら逃げるじゃないですか。それと一緒ですよ。「合理的な理不尽」とかいう自分勝手な暴力を振りかざしてくるやつからはさっさと逃げるが勝ちです。
逃げたら他の人に迷惑がかかるとかいう心配もあると思いますが。困ったらその人も逃げればいいだけなんですよ。ぶっちゃけそんなの知ったこっちゃないですよ。理不尽なことをしているやつが悪いわけで、それから逃げた人が悪く言われるなんて筋違いも甚だしいでしょ。悪いやつを悪いという文化が無いから、いつまでたってもブラック企業みたいなのが残るんじゃないですかね。責めるべき相手をみんな間違えているんですよね。
という訳で、どんな理由であれ理不尽からは逃げるが勝ちです。合理的であれ非合理的であれ、理不尽は許されるべきではありません。
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